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福岡地方裁判所 昭和39年(ワ)294号 判決

原告

秋吉康生

右訴訟代理人

斉藤鳩彦

被告

西日本鉄道株式会社

右代表者

楠根宗生

右訴訟代理人

村田利雄

植田夏樹

主文

1  原告が被告に対し雇用契約上の権利を有することを確認する。

2  被告は原告に対し金一五〇万一、六七七円とうち金四二万八、三六四円に対する昭和三九年四月一日から支払済に至るまでの年六分の割合による金員とを支払え。

3  原告その余の請求を棄却する。

4  訴訟費用は三分しその一を原告の、その余を被告の負担とする。

事実

第一、当事者双方の申立

一、原告

「(一)、原告が被告に対し雇用契約上の権利を有することを確認する(二)、被告は原告に対し金一七七万六、八一九円とこれに対する昭和三九年四月一日から支払済までの年六分の割合による金員ならびに右と別に昭和三九年四月一日から昭和四二年二月二〇日(本訴口頭弁論終結日)までの間毎月金四万六、九三六円を各月の二三日かぎり、さらに毎年六月末日かぎり各金四万九、七六〇円を、毎年一二月末日かぎり金七万四、六四〇円を支払え(三)、訴訟費用は被告の負担とする。」むねの判決ならびに右判決第二、第三項についての仮執行の宣言を求める。

二、被告

「被告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」むねの判決を求める。

第二、主張事実<省略>

第三、証拠関係<省略>

理由

一、当事者間に争のない事実<省略>

二、会社と原告との関係

<証拠>によれば次のとおりの事実を認めることができる。

原告は昭和二五年四月一五日会社に雇用され、爾来会社北九州営業局八幡自動車営業所に自動車運転士として勤務し、当初は定期バス運転士であつたが、その後昭和三二年一月一日から貸切バスの運転士となり次いで同三五年九月下旬からは右八幡営業所の貸切小型バス(ライトバス)の専属運転士となり、後認定の本件無断運転行為の実行に及ぶまで一一年間余を継続勤務し、勤続一〇年の表彰を受けているが、他方右期間内に後方安全不良、橋欄干接触等の事故その他により計六回に及ぶ減給(基本給一日分の数分の一程度)、謹責等の懲戒を受けていて勤務成績はほぼ普通程度であり、また会社内では貸切バス専属運転士の方が定期バス運転士よりも格が上であると考えられている。

三、原告の昭和三六年七月六日のライトバス無断運転行為および同行為に関する事情

<証拠>によると次のとおりの事実を認めることができる。

すなわち、

1、原告は、昭和三六年七月六日には午後三時出勤の予定になつていたが、その前日担当のライトバスが急に故障して修理の必要を生じたため、勤務係財前文雄の指示により同バスの修理先である北部いすずモーターに午前八時に出向いて同バス修理の監視、督促と併せてみずからもその手入作業に従事することとなり、右労務に服した後同日午後三時すぎごろ、修理済の同バスを運転して前示八幡営業所に帰着したところひきつづき前日から予定されていた中間市の貸切バス乗客を福岡市内所在平和台球場で行われるプロ野球ナイター見物のため運送する労務に従事することとなり、車掌中山与市(なお、同人も会社の自動車運転士としての資格を有しており、そのころは別府線定期バスの運転手として勤務していたが、当日の勤務の終了時刻が深夜になることが予想され、従つて女子の車掌を使用できない関係上同日は臨時に車掌として勤務することなつた。)ととに同日午後四時ごろ自己担当車を運転して中間市に赴き、前認定の業務の趣旨により乗客を平和台球場に運送し、ナイター終了後午後一〇時すぎごろ再び乗客を中間市まで運送し、午後一一時すぎごろ中間市から前示営業所に向い帰着の途につき、午後一一時二五分ごろ同営業所に帰着したが、その途次、車内で中山と雑談中、すでに夜も相当遅くなつていたので同人に帰宅のための最終バスの時間に間に合うであろうかと質問したところ、最終バスを利用したことがなく、従つてその正確な時間についても確たる認識を有していなかつた右中山が明らかな応答をしなかつたので、原告は前示営業所まで約一キロメートル程の距離にある北九州市八幡区陣の原付近に至つてさらに最終バスに乗車する時間的余裕がなかつた場合には運行管理者の許可を得るから原告担当のライトバスで送つて欲しいむね中山に依頼して同人の承諾を得、その後、間もなく前示のとおり午後一一時二五分ごろ前同営業所に帰着した。

2、同営業所に乗務を終了して帰着したライトバスの運転士は車両を営業所内西側の所定の場所に格納し車掌とともに車両の点検、車内の簡単な清掃をした後車掌とともに運行管理の任に当つている操車係員に帰着報告をして点呼を受け、当日の一切の勤務を終了することとなつていたが、原告は当日営業所に帰着するや直ちにターンをして再び外部に向け出発しうる位置にライトバスを停車させた。

3、当時、会社北九州営業局八幡営業所では貸切バス乗勤者の帰着が遅くなり、乗務員らの帰宅のための交通の便が電車、バスともになくなり、かつ会社において営業所内に設置した宿泊設備も満員となつた場合は運行管理者の判断により会社の営業車両を使用して同従業員らを自宅まで送り届ける慣行があつた。

4、原告は、前認定のとおりライトバスを出入口に向けて停車させた後、中川とともに当日の運行管理者として勤務していた三好一清に操車室で無事帰着した旨の報告をして点呼を受け、中山が車内清掃のため退室した後、当日はおそらく帰宅するための黒崎駅前方面に向う最終定期バスの発車時刻を過ぎており(なお原告は当時同営業所から定期バスで黒崎駅前まで赴き、同所で市内電車に乗り換えて帰宅していた。)従つて前認定の貸切バス乗務従業員の自宅までへの送り届けの例により三好が原告をその自宅まで送り返してくれるであろうことを期待して、黒崎前方面に向かう最終定期バスの便があるかどうかを質したところ、右三好は、発車時刻等についての詳しい説明はなんらすることなく、きわめて簡単にバスはないが筑豊電鉄(同営業所に最も近い穴生駅を経て前示黒崎駅前にて市電に連絡する電車路線)ならまだあるとのみ返事をしたため、原告は三好の右応答ぶりから到底前認定の例により自宅まで送り届けてもらうことは無理であると考え、また前記会社の宿泊設備の余裕があつたとしても騒がしく熟睡できまいと考えてそれ以上の質問懇願等をすることなく退室し、ライトバスに戻つて前記中山に対し送つてくれと要求したので同人も原告の挙動や、運行管理者の許可の確認ができなかつたことからその許可の有無につき不審には感じたが拒否もできないまま右要求に応じて原告を前示黒崎駅前まで送るべく前示ライトバスに乗車させてこれを運転し、営業所から出発、走行中黒崎車庫前(黒崎駅の西方約二〇〇ないし三〇〇米に所在し八幡営業所からの距離は約二キロメートルである。)で原告は中山に要求してライトバスを停車せしめ、同人に運行管理者には燃料差しに行つたむね弁解しておいてほしいと依頼し、同所からは徒歩で黒崎駅前に赴き同駅から市内電車で帰宅したが、中山は原告の右弁解の依頼によりはじめてライトバスの運転につき運行管理者の許可を受けていないことを確認した。なお、原告らが出発した時刻は午後一一時二六分すぎごろであつた。

そして、原告が帰宅のため利用しうる黒崎駅前発の最終市内電車は午後一一時四四分であり、黒崎駅前に到るため利用する筑豊電鉄の前示八幡営業所の最寄駅は前示八幡営業所の最寄駅は前示穴生駅で同営業所からは徒歩約七分間程の距離にあり、当時同駅を午後一一時二八分に発する電車が同時三二分に黒崎車庫前駅に着き、同一一時三六分に発車する電車が同四〇分に同駅前に到着することとなつており、それ以後に穴生駅を発車する電車によつては午後一一時四五分黒崎駅前発の最終市内電車に乗車することができず、従つて、原告として利用できるのは前示午後一一時三八分穴生駅発の筑豊電鉄電車のみであつたが、右のごとき詳細な電車の発着時刻関係は当時は原告には明らかには認識されておらず、なおまた八幡営業所では前夜遅く帰着した自動車を習朝早くから再び使用する必要がある場合には、深夜であつても、同営業所付近の九州スタンドに赴いて給油を受けておく例となつており原告が中山に依頼した然料差しに行つた旨の弁解は右の例による給油を受けたことを意味するものである。

5、中山は同営業所に帰着後操車係員進藤某に対し原告の依頼のままに燃料差しに行つていた旨の虚偽の報告をして勤務を終了し、昭和三六年七月二一日八幡営業所長から原告とともに呼び出されて事実の調査を受け、その際も原告と相談の上その依頼を受けて再び前同旨の弁解をしたが、同月二四日勤務終了後寄口五男他二名とともに飲酒雑談中寄口に前認定の無断運転の事実を打ち明け、右寄口と共に八幡営業所長井口太郎方に赴いて無断運転の事実を自供した。

6、前認定の事実からはさらに原告としては当初は自動車運行管理者の許可を受けた上で中山に送つてもらう意図であつたところ、前示三好の態度が予期に反し極めて厳しかつたため俄かにその許可を願い出す気持を失い当日は前認定のとおり午前八時から勤務を続け疲労していた関係もあり、ライトバスの運行管理に関する安易な気持も手伝つて前示のとおり中山に依頼して無許可運転の挙に出たものと推認される。

7、なお、当日平和台ナイター見物客によつて利用された八幡営業所の貸切バス計五台のうち原告の運転にかかるライトバスは最も早く同営業所に帰着したものであり、前記三好一清は前認定のとおり、原告の最終電車の利用が時間的に見て限界的なものであつたのであるから原告以後に営業所に帰着する乗務員らの帰宅問題も当然に発生することを容易に認識し得たのにも拘らず、この点に特に意を用いることもなく、その後逐次帰着した乗務員らについては帰宅のための交通の便がないものとして、すべて会社のバスを使用して各自宅まで送り届けた。

四原告の前示無許可運転の就業規則所定の懲戒解雇事由該当性

<証拠>によれば次のとおりの事実を認めることができる。

すなわち、原告が前認定の無許可運転行為を実行した昭和三六年七月六日当時の会社就業規則第五八条、同五条および会社がそのころ自動車乗務員である従業員の服務規律を規定して各乗務員に交付していた自動車乗務員心得第二章第一節1にはそれぞれ左記のとおりの規定があり、原告はこれらの規定に違反し就業規則第五八条本文、第三号所定の懲戒解雇事由に該当する所為があつたものとして解雇されたこと。

就業規則第五八条

社員が第五条各号又は第六条の遵守事項に違反し、次の各号の一に該当するときは論旨解雇または懲戒解雇に処する。ただし情状により出勤停止にとどめることがある。

3、上長の職務上の指示、会社の諸規定、通達などに不当に反抗し若しくは故意に違反したとき、または越権専断の行為をしたとき。

(第1、2号、および第4号以下は省略。)

同第五条

社員は次の各号を守らなければならない。

3、上長の職務上の指示、会社の諸規定、通達などに従うこと。

(第1、2号および第4号以下は省略。)

自動車乗務員心得第二章第一節

運転士は営業所長の命ずる車両に乗務し予め指示された系統を運転し「中略」なければならない(以下省略。)

ところで前示自動車乗務員心得第二章第一節1の規定は会社自動車運転士に対し運行管理者の許可を得ない私的な会社自動車の運転を禁止する趣旨を包含するものと解せられるから、原告の前示無許可運転の所為が同規定および前示就業規則第五条第3号に違反し、就業規則第五八条第3号の規定する懲戒解雇事由に該当することは多言を要しないところであり、従つて原告になんら会社就業規則所定の懲戒解雇事由に該当する所為がなかつたことを前提とする原告の主張は採用するに由ない。

五懲戒権の濫用の主張について

被告のように自動車による旅客運送事業をその営業の重要部門とする株式会社にあつては、乗客および一般の道路通行者の生命身体の安全を守り、企業秩序の維持を計るため営業用自動車の運行管理を厳重にする必要のあることは理の当然であつて、これを無許可で濫に私用に供したりする従業員に対しては厳しい懲戒を以つて臨む必要のあることもまた当然に肯認されるところである。

しかしながら、無許可運転行為はその性質上飲酒運転、無免許運転等情状考慮の余地が殆んどない行為と趣を異にしその態様、情状がきわめて多様にわたるものであり、かつ懲戒解雇が労働者の生活に及ぼす重大な不利益を考えれば、前示企業経営秩序維持の必要性と、無許可運転の情状、態様、および懲戒によつて労働者の蒙る不利益の重大性その他諸般の事情を比較検討し、懲戒解雇が社会通念上労働者にとつて不当に苛酷な結果となる場合には、解雇権者の主観的意図が奈辺にあつたかを問わず、右懲戒解雇は解雇権の濫用としてその効力を生ずるに由ないものとなると解せねばならない。

これを本件についてみるに、原告は前認定のとおり昭和三六年七月六日、その前日の担当車の突然の故障による勤務時間の変更という特殊事情によるものとはいえ、午前八時から午後一一時二五分ごろまで約一五時間半の長時間の勤務に服し、当初は帰宅のための自動車使用については運行管理者の許可を受けるつもりであつたところ、同日黒崎駅前発の最終市内電車に乗車できるかどうか多少の不安がもたれるような状況下において、運行管理者三好一清のいささか不親切な応答により、右許可を受ける希望はないものと考え、前示無許可運転行為に及んだもので、その運転距離は往復約四キロメートルにすぎず、運転車両も小型の貸切用ライトバスであり、時間も深夜に近いころで原告以後に八幡営業所に帰着した貸切車乗務員はいずれも各自宅付近まで送り届けてもらつていること、原告が一一年余の間特に重大な規律違反もなく会社に継続勤務して来たこと等をあわせ考えると、原告が前記中山をそそのかし、同人に依頼して虚偽の弁解を会社にした等の点を考慮にいれてもなお本件懲戒解雇は原告にとつて社会通念上著しく苛酷なものというべきであり、従つて、前示就業規則第五八条但書を適用せず直ちにその本文、第3号を適用して原告を懲戒解雇したのは、懲戒権を濫用したものというほかはなく、右懲戒解雇は無効である。

もつとも、<証拠>をあわせると、会社は事故を防止し、これとあわせてその経営規律を正し、自動車の運行管理を厳にするため、昭和三〇年七月八日労務部長森島岩雄を通じ西鉄労組執行委員長に対し無断運転者は一切懲戒解雇する旨の申入をし、同月一一日同委員長の書面による確認を得たが、その後の西鉄労組の争議等により、一時右申入の実行を断念せざるを得ないような事態の発生があつたので、その後昭和三四年一〇月一一日再び会社労務部長田中二夫から西鉄労組執行委員長佐々木栄に対し前記昭和三〇年の確認書の再確認の申入がなされ、同委員長の再確認を得たので、右両名の間でその旨の昭和三四年一〇月一一日付の確認書が作成されその後会社は従業員の教育を通じその趣旨の徹底を図つていることが認められ、右認定に反する証拠はなく、前認定のとおりの原告の無許可運転の所為も右再確認書中の無断運転に該当するものというほかはないけれども、右各確認書は会社の業態から主として自動車乗客および一般道路通行者の生命身体に危険を生ずるようなおそれのある行為に対し厳重な懲戒をもつて臨む趣旨を明らかにしたもので、従つて、会社運転士たる資格(会社では安全性を重視する立場から営業用自動車運転免許を有する者に対しても直ちには運転士たる資格を与えず、一定期間の経験、訓練を経た者に対しはじめて運転士たる資格を与える制度になつている。)を有しない者の運転行為を主としているもので、現実にも運転士が無断運転をした結果解雇された事例(もつとも運転士による無断運転についての具体的事実は本件全証拠によるも明らかでないが、前示乙第一三号証の五の記載から一、二その事実のあつたことが推認される。)は過去に一度もなかつたことが認められる上、理論上も右各認書はなんら前説示の解雇権濫用の法理を排除するような効力を有し得ないというべきである。

以上のとおりであるから本件懲戒解雇は無効で原告は会社に対し依然として雇用契約上の権利を有しているものというべきである。

六賃金請求権について

前記懲戒解雇の日以来会社が原告を従業員として取り扱つていないことは前示のとおり当事者間に争がないので、会社は原告の就労を拒否しその受領の意思がないものと推認するほかなく、従つて原告が雇用契約上の義務を履行できなかつたのは会社の責に基づくもので、民法第五三六条第二項本文により原告は懲戒解雇以後稼働できなかつた全期間の賃金を会社に対し請求しうるものというべきである。なお被告は、会社が原告を懲戒解雇にしたことは当時正に相当当の理由があり、従つて会社の前示就労拒否はその責に帰すべからざる事由によるものであつた旨主張するが、本件懲戒解雇は前叙認定および説示のとおり会社に与えられた懲戒権の行使における情状の判定および処分の量定についての裁量権の範囲を逸脱し、結局解雇権の濫用として違法性を帯び無効と判定されるべきものであり、且つ、前叙認定の如き諸般の情状を考慮すれば、たとえ被告主張の如き諸事情(被告主張二、6項摘示)が存在していたとしても、なお会社がなした情状の判定および処分の量定において懲戒解雇以外の懲戒方法を撰択する余地が全くなかつたものとはにわかに断じ難い。従つて、被告が本件無効の懲戒解雇により原告の就労を拒否し原告が就労できなくなつたのは、社会通念上少くとも会社の故意過失と同視すべき事由に基づくものと認めるのが相当であるから、被告の右主張は採用し難い。

よつて進んで賃金額について検討するに<中略>

原告は昭和三五年八月一一日から同三六年八月一〇日までの間に相当時間の残業、休日出勤をしこれに対応する賃金を稼得したむね主張し、解雇後も右と全く同一時間の残業等をなし得たことを前提として解雇後の残業等に対応する賃金をも請求しているが、右は会社が原告の就労を認めていたならば当然従前同様貸切バス運転士として勤務し得たことを前提としてはじめて認容し得るものであるところ、本件懲戒解雇がいささか苛酷に失して権利濫用の法理により無効と断ぜられるとはいえ、前認定および説示のとおり、原告は会社就業規則所定の懲戒解雇事由に該当することは勿論、西鉄労組と会社間でその実行者はすべて懲戒解雇に処するむねの確認書の作成されている無断運転行為を実行した上、単に原告だけで右事実を否認するにとどまらず前記中山をそそのかしこれに依頼して右無断運転行為の事実を秘匿するため虚偽の事実を会社に申告させたのであり、しかも前示甲第一二号証によれば貸切ライトバスの私的利用につききわめて弛緩した観念を抱いていることが窺われるから、会社が右事実を原因として出勤停止等相当の懲戒をするのみならず、原告を貸切バス運転士とはその勤務形態を異にしている定期バス運転士に降格配置させていたということも当然あり得たことが予想され、原告が貸切ライトバスの運転士として継続勤務し得ることの法律的保障は勿論、相当高度の蓋然性すら認められないのであるから、右一ケ年間の残業等の実績から直に解雇後も同一程度の残業等を当然になし得たものと推認することはできず、他に特段の主張、立証のない本件にあつては右残業等に対応する賃金請求はこれを認めるに由ないものというべきである。

七労務の提供を免れたことにより原告の得た利益とその賃金からの控除

1、原告は〔中略……金員を〕北九州市内のタクシー会社等に雇用されて賃金として稼得したむね自陳し、会社もまた原告が他に雇われて稼得した賃金を本訴請求の賃金額から控除すべきむねを主張するところ、右各稼得賃金はいずれも原告が会社に対し労務の給付をすることを免れたことによつて得た利益というべきであるから民法第五三六条第二項但書により右各稼得賃金は会社に対する賃金中から控除すべきことになるが、右控除は無制限になさるべきものでなく、労働基準法第二六条の精神に徴し原告の労働基準法所定の平均賃金(以下単に平均賃金と略記。)の一〇〇分の六〇の範囲に食いこまない限度に留めるべきものである。

2、原告の平均賃金

前示のとおり原告は懲戒解雇の前の昭和三六年九月六日以来出勤禁止の命令を受け就労できず、しかも右出勤禁止期間が三箇月を越えていて通常の賃金を受領していなかつたのであるから、平均賃金額の算出に当つては労働基準法第一二条、第一項第二項の法意に徴し、右出勤禁止命令の直前の賃金締切日(同年八月一〇日)から前の三箇月間を基礎として算出すべきものと解すべきところ、その期間に受けた原告の賃金総額合計一〇万九、三〇〇円であることが認められ。

<以下略>

3、前示稼得賃金の控除計算<略>

八原告は仮処分判決に基づき会社から支給を受けている仮払金をも控除した賃金を請求するむね主張するが(右主張は仮処分判決に基づく仮払金と本案請求金員との法律的関係を誤解したことによるか、あるいは本訴貼用印紙額を節し、仮払金については後日会社との話合により別途その終局的処理を決定しようとする意図に出たものかいずれかであると考えられるがいずれにせよ、)右の如き主張は単純な一部請求の場合と著しくその趣を異にし、訴訟物の範囲、従つて既判力の及ぶ範囲は不明ならしめ、特にこれが容認された場合には原告が一般の金銭債権に基づく給付訴訟において相手方の責任財産を限定して(すなわち仮払金をのぞくその余の財産を責任財産とする)給付請求をすることを認めるかのような結果を生じ、執行の段階で著しく混乱を生ぜしめる結果となるから、原告の意思が右仮払金を控除して計算する以外の判決は全く求めない趣旨であるときは右訴を不適法として却下し、しからざる場合は右主張は無視し、請求金額を限度として相当な判決をなさねばならないものと解されるところ、本訴においては弁論の全趣旨によれば原告の請求は仮払金を控除計算した判決でなければ裁判を求めない趣旨とは到底解されないので、右主張は無視することとする。

九遅延損害金の請求について《省略》

一〇労働基準法第一一四条の付加金請求について

前示認定によれば原告の休業が会社の責に帰すべき事由によることは明らかであるので前項六および七で判示したところにより原告の解雇の日から昭和三九年三月三一日までの労働基準法第二六条所定の休業手当を算出すれば次のとおりとなる。<計算関係略>

ところで労働者の生活を休業手当の支給によつて保護し、右手当の支払を附加金支払命令の制裁によつて一層確実なものならしめようとする労働基準法第一一四条の法意に徴すれば、使用者が仮処分判決に基づき仮払賃金を労働者に支払つているときは右仮払金の限度で休業手当不払についての一切の不利益を免れるものと解すべきところ、会社は前示のとおり昭和三九年三月三一日までに計八万円の仮払賃金を原告に支払つているから、同日までの附加金支払命令算定の基礎となる未払休業手当金額は四二万七、五一三円となる。

しかしながら右附加金は契約等から生ずる一般の金銭債権等と趣を異にし、裁判所の命令によつてはじめてその支払義務および支払額が決定されるものであり、裁判所は合理的な範囲内で使用者が同条第二六条に違反するに至つた一切の事情を斟酌して適当にその支払を命ずるかどうかおよびその額を決定することができるものと解されるところ、前認定のとおりの原告の無許可運転実行の事実、その後の中山をそそのかしての真相秘匿行為、会社と西鉄労組間で無断運転はすべて懲戒解雇とするむねの確認書が作成されていて、本件懲戒解雇の効力につき原告と会社間に鋭い見解の対立があつたこと、会社が前示仮処分判決を尊重し、昭和三八年一二月以降は毎月二万円の仮払金を遅滞なく支払つていること等の事情を綜合考慮すれば、前示未払休業手当に対する附加金支払はこれを命ずる必要を認めない。<後略>

(松村利智 菅浩行 石川哲男)

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